2013年5月12日に開催されました第5回脳機能とリハビリテーション研究会定例勉強会の内容をご報告します。
参加人数はそれほど多くありませんでしたが、関東近県から集まり、PT1年目という積極的な参加者もいました。ディスカッションも忌憚なく盛んに行われ、有意義な情報交換が行えました。
期日:2013年5月12日 13時~16時30分
会場:タワーホール船堀(応接会議室)
発表:講座1題、症例検討3題
参加者:18名
プチ神経科学講座
「精神疾患の脳内機構:統合失調症の病態と神経機序」
石井大典 (木更津病院/千葉大学大学院医学研究院)
本講座では、精神疾患を対象とした研究から明らかにされた脳機能について紹介されました。
精神疾患の中でも統合失調症は、陽性症状・陰性症状・認知機能障害が主症状であることが示されました。この3つの症状には神経伝達物質であるモノアミンの働きが関与することが説明されました。脳機能を理解・解明する上で精神機能を対象とした研究の重要性が示されました。
症例検討
「放線冠の脳梗塞2症例における運動麻痺−運動神経局在に着目して−」
岡本善敬 (茨城県立医療大学大学院)
放線冠は大脳皮質からの運動線維が集束する部位であり、この部分の損傷は重度の運動麻痺を引き起こすことが知られています。近年、放線冠の小梗塞巣により単麻痺(顔面、上肢、下肢のいずれかの麻痺)を生じた症例のMRI画像の検討がされています。この部位での運動神経には、前外側から後内側方向へ顔面、上肢、下肢の順に配列していることが報告されています。今回、この報告に準じて放線冠梗塞2症例の梗塞部位と運動麻痺を比較した結果、先行研究と同様の傾向が見られました。放線冠損傷者におけるこのような脳画像を活用した分析方法は運動麻痺の評価に有用であると考えられました。
「放線冠の脳梗塞によりプッシャー症候群を呈した1例の脳血流評価と身体軸評価」
山本 哲 (茨城県立医療大学大学院)
プッシャー症候群を呈する症例の報告が行なわれました。本現象に関する先行研究についての概要も以下のようにまとめて頂きました。
I. 評価について
プッシャー症候群(Pusher syndrome)の定義は1987年、Daviesによって行なわれました。その特徴は、
A. あらゆる姿勢で麻痺側へ傾斜し、
B. 自らの非麻痺側上下肢を使用して床や座面を押し、
C. 他動的に姿勢を正中にしようとする他者の介助に抵抗する、というものです。この症候を定量化したものが、SCP (Clinical rating Scale for Contraversive Pushing) です。本評価は、阿部らによって和訳されています。
プッシャー症候群の別の評価として、以下の主観的な垂直判断の評価方法が挙げられます。
1.視覚的 subject visual vertical: SVV
2.身体的(姿勢的) subject postural vertical: SPV
プッシャー症候を呈する例のSPVは、SVVよりも著しく偏倚しているという報告があり、この主観的な垂直判断の評価を行なうことは重要であると考えます。
Ⅱ.メカニズムについて
まだメカニズムはよくわかっていませんが、下記報告があります。
1. 垂直を知覚する過程のどこかで異常が生じていると推察される(Paci, 2009)。
2. 前庭皮質の損傷による前庭情報処理の破綻というより、さらに高位の垂直定位過程の破綻(graviceptive neglect;extinction)で生じる(Perennou, 2002)。
Ⅲ.予後について
下記、種々の報告があります。
1. 右半球損傷群ではPushingの回復が遅延する例が存在する(阿部, 2008, 2009)。
2. 若年であるほど、また下肢麻痺が軽いほどPushingが消失しやすい(阿部, 2008, 2009)。
3. Pushingの程度が軽度であってもADLに影響する(青木,1999)。
4. Pushingは、長い時間を要してADLに改善が見られる(19週間でプラトーとなる)(Pedersen, 1996)。
5. 最終的な自立度はPushingなし群と比較して変わらない(Pedersen, 1996)。
6. 意識障害とトレーニング困難例が、Pushingの回復に至らない傾向がある(阿部, 2008, 2009)。
「視床出血後に運動失調を呈した症例」
市村大輔 (多摩川病院)
視床出血後にみられた対側上下肢の運動障害について議論が絞られました。
深部腱反射や病的反射、運動麻痺といった明らかな錐体路徴候は見られず、体性感覚障害も極軽度でした。しかし、病巣と対側の上下肢に、小脳性運動失調様の企図振戦や測定障害がみられました。脳画像からは視床の外側腹側核(VL核)の損傷が確認されました。これらから症例の運動障害は視床性運動失調によるものと結論付けられました。視床性運動失調の症例報告は、片麻痺や感覚障害と合併しやすいこともあり、見極め難い現象です。しかし、VL核の損傷では単独で出現する徴候です。しかも視床出血の中でも好発部位であるこの領域の損傷であれば、もっと確認されてもよい現象かもしれません。
本研究会でも、これまで学術集会や学術誌の論文でもこの現象を示した症例は何例も報告されてきました。視床のメカニズムを知り、症例の画像所見、神経学的所見を整理することが要求されるため、評価者の知識や技術が試される現象かと思います。
プチ神経科学講座 (石井氏による講義場面)
統合失調のメカニズムや薬物治療、そしてリハや作業療法の介入方法など、作業療法士としての自身の立場からも話されました。